「自分には無理」と思っている人ほど、音楽はもっと面白くなる
先日イベントで、いろんな人と話す機会がありました。
弾き語りで活動している人。 カバー曲を歌っている人。 オリジナル曲を作っている人。
昔は音楽が大好きだったのに、今はすっかりやらなくなってしまった人。
そんな方々と話していて、僕は何度も似たような言葉を聞きました。
「私の声なんて……」
「オリジナル曲なんて、自分には無理です」
「作品を残すなんて、考えたこともありません」
でも面白いんです。
少し聞き方を変えて、
「もしできるなら、やってみたいですか?」
と聞くと、
「それは、やってみたいですね」
という答えが返ってくる。
つまり、本当はやりたくないわけじゃないんです。
やりたい。でも、自分にはできないと思っている。
ここなんですよね。
自分では、自分の魅力がわからない
ある方は、普段ほとんどカラオケにも行かず、自分の声もあまり好きではないようでした。
でも話している時の声を聞くと、すごくいい声なんです。
響きが豊かで、深みがあって、安心感がある。
すると、その方が僕にこう聞きました。
「声って、練習すると良くなるんですか?」
僕は「良くなりますよ」
と答えました。
そして、
「というか、もともとすごくいい声ですよ」
と伝えたら、ものすごく驚かれました。
これって、とても象徴的だなと思ったんです。
自分の中にあるものって、自分では案外わからない。
声もそう。
才能もそう。
感性もそう。
人から見たら十分魅力があるのに、本人だけがそれを知らない。
そして知らないまま、
「自分には無理」
ということにしてしまう。
それは、ちょっともったいないなと思うんです。

「作品を作る」という発想すら持っていない
別のところでは、二人組で弾き語りをしている方々と話しました。
とても雰囲気のいい二人で、歌声にも人柄にも温かさがある。
僕は聴きながら、
「この二人はもっとファンが増えるだろうな」と思っていました。
そこで、
「オリジナル曲を作って、作品として残してみたらいいじゃないですか」
と言ったんです。
すると、
「ええー!」
と、本当に驚かれました。
「そんなこと考えたこともありません」
というんです。
でも僕から見れば、もう材料はたくさんある。
二人の声がある。
一緒に活動してきた時間がある。
好きな音楽がある。
人柄がある。
歌った時に生まれる空気がある。
つまり、作品の種はすでにあるんです。
ただ、「自分たちが作品を作ってもいい」
という許可を、自分自身に出していなかっただけなんじゃないかと思います。
歌が上手くても、作品を残すとは限らない
これは、歌の上手い人でも同じです。
誰が聞いても歌が上手い人に、
「自分の作品を作ってみたらどうですか?」
と聞いても、
「いやいや、私なんて」
となる。
歌が上手いことと、自分の作品を作ることは、本人の中では別なんですね。
でも僕は、そこをつなげたら音楽はもっと面白くなると思っています。

音楽活動は「作る・練習する・届ける」
僕が最近よく考えているのは、
音楽活動って、「作る・練習する・届ける」の循環なんじゃないか
ということです。
まず作る。
一曲でもいい。
小さな作品でもいい。
次に、それを歌えるように練習する。
そして、誰かの前で歌ってみる。
あるいはネットに公開してみる。
すると反応が返ってきます。
「この曲好きです」
「こういう歌も聴いてみたい」
「この歌詞、なんかわかります」
そんな言葉を受け取る。
すると、
「じゃあ次は、こんな曲を作ってみようかな」
となる。
また作る。
また練習する。
また届ける。
この循環が始まると、音楽が急に人生の中で動き始めるんです。
一か所だけで止まるともったいない
ところが、多くの場合、どこか一か所で止まってしまいます。
ボイトレだけを続ける。
曲は作るけれど公開しない。
人前では歌うけれど、自分の作品は持っていない。
もちろん、それぞれ単体でも楽しいです。
でも僕が面白いと思う音楽ライフは、そこをぐるぐる巡っていくことなんです。
一つの場所にずっといるんじゃない。
作る場所に行く。
声を磨く場所に行く。
人に届ける場所に行く。
誰かと音楽について語る。
そこでまた次の曲の種をもらう。
そして再び出航する。
音楽を、習い事として終わらせない。
人生の旅にしてしまう。
そのほうが面白いと思うんです。
1年前には想像していなかった未来
先日のイベントでも、まさにそれを感じる出来事がありました。
一年前にiPadでGarageBandを触り始めた方がいました。
最初は、
「こうやって音を置くんですね」
くらいのところから始まった。
でも、やっているうちに楽しくなった。
少しずつ曲を作るようになった。
そして一年後。
その方が関わる劇で使われる歌を、全部自分で作っていました。
その曲を、出演者たちが舞台で歌っている。
一年前には想像していなかった未来です。
これ、すごいですよね。
でも同時に、
「こういうことって、もっと普通に起きてもいいんじゃないかな」
とも思うんです。

技術の壁は、どんどん低くなっている
今はスマートフォンでも音楽が作れます。
タブレットでも作れる。
AIも使える。
昔に比べて、創作の入口は圧倒的に広がっています。
なのに、人間のほうが、
「自分なんて」
と入口を閉じてしまう。
テクノロジーが壁を下げてくれているのに、自分で壁を作っている。
だったら、その壁は壊してしまえばいい。
創作の材料は日常にある
しかも、作品の材料なんて特別なところにありません。
日常の中にいっぱいあります。
仕事で失敗した。
誰かの一言に腹が立った。
ものすごく嬉しいことがあった。
昔のことを突然思い出した。
帰り道の夕焼けがきれいだった。
誰かと喧嘩した。
全部、創作の材料です。
以前ある方が、仕事でミスをした時の話をしてくれました。
周りは慌てていた。
でも、その状況を見ながら、
「これ、作品のテーマになるな」
と思ったそうです。
そこから物語を考え、歌詞を書き、作品にしていった。
面白いですよね。
普通なら、
「失敗した。最悪だった」
で終わる出来事が、創作する人にとっては材料になる。
人生から何かを受け取って、それを別の形にして誰かに返す。
僕は、これが創作なんじゃないかと思います。
受け取るだけじゃなく、返してみる
僕たちは毎日、たくさんインプットしています。
音楽を聴く。
動画を見る。
本を読む。
人の話を聞く。
SNSを見る。
でも、受け取るだけではなく、
「自分はどう感じたんだろう?」
と考えて、それを作品にして返してみる。
歌でもいい。
文章でもいい。
写真でもいい。
動画でもいい。
そうすると、自分の人生が作品になっていきます。

AI時代だからこそ「なぜあなたが作ったのか」
そしてこれからAI時代がさらに進んでいくと、
この部分がますます大事になる気がしています。
AIは曲を作る。
文章を書く。
映像も作る。
完成度の高いものが、あっという間に大量に生まれる。
だからこそ、
「なぜあなたがそれを作ったの?」
が、もっと重要になる。
同じような言葉でも、
誰が、どんな人生を通って、その言葉を書いたのか。
そこに物語がある。
その人にしかない歴史がある。
僕は、そこに人間の面白さがあると思っています。
作品になると、違いを受け入れやすくなる
作品を通して人とつながるのも、僕は好きです。
「私はこう思う」
と直接言うと、ぶつかることがあります。
でもそれを歌にすると、
「この人には、こういう世界が見えているんだな」
と受け取れることがある。
好き嫌いはあります。
でも、否定する必要はない。
自分とは違う価値観も、一つの作品として受け取れる。
そういう人が増えたら、世の中は少し面白くなるし、少し優しくなるんじゃないかと思っています。
まず一周してみる
だから僕は、
「自分には無理」
と思っている人にこそ、一度作品を作ってみてほしい。
いきなりプロを目指さなくていい。
ヒット曲なんて狙わなくていい。
まず一曲。
まず一作品。
まず一度、世の中に出してみる。
そして練習して、人に届けてみる。
作る。磨く。届ける。
一周してみる。
その一周をすると、今まで自分の人生になかった景色が見えてきます。
知らない人と出会うかもしれない。
誰かが自分の歌を好きだと言ってくれるかもしれない。
次の曲を書きたくなるかもしれない。
「自分はこんなことを考えていたんだ」
と、自分自身に気づくかもしれない。

音楽は、人生を面白くするためにもある
音楽って、上手くなるためだけにあるものじゃない。
人生を面白くするためにも使えるんです。
だから、
「できるならやってみたい」
と思ったなら、それで十分です。
やってみたらいい。
ダメだったら変えればいい。
面白かったら、もう一周すればいい。
人生の中に、
「自分の作品を作って、人に届けた」
という体験がひとつあるだけでも、かなり景色は変わります。
僕は、そんな音楽ライフを楽しむ人がもっと増えたらいいなと思っています。








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