才能があるから歌うんじゃない。歌うから才能に出会える
- 尾飛良幸DMT

- 6 分前
- 読了時間: 5分
最近、いろいろな人と話していると、
「僕、音楽の才能ないんです」
「私、音痴なんです」
「センスがないから無理です」
という言葉を、本当によく聞きます。
でも僕は、そのたびに思うんです。
本当にそうなのかな?
僕は30年以上、たくさんの人の声や歌と向き合ってきました。
その中で、最初は「音痴です」と言っていた人もたくさんいます。
でも、ずっと音痴だった人って、僕はほとんど見たことがないんです。
キーが合っていなかったり。
呼吸がうまく使えていなかったり。
自分の声に合わない歌い方をしていたり。
何か理由があって、そう聞こえていただけ。
少し整えると、
「あれ?ちゃんと歌えるじゃん」
ということが、本当にたくさんあるんですよね。

才能がないんじゃなくて、まだ出していないだけかもしれない
これは歌だけじゃないと思います。
子どもの頃って、もっと自由だったじゃないですか。
絵を描く時も、
「この色じゃなきゃいけない」
なんて考えずに、好きな色を使う。
魚を描く時だって、現実にはいないようなパステルカラーの魚を描く子もいる。
大人から見れば、
「そんな魚いないよ」
と言いたくなるかもしれません。
でも、その子の中ではちゃんと理由がある。
その色にした物語がある。
僕は、そこがクリエイティブなんだと思っています。
作品の後ろに、その人だけの物語がある。
それが魅力になるんです。
学校の評価と、作品の価値は同じじゃない
ところが学校では、
「正しい」
「間違っている」
「上手い」
「下手」
という評価が入ります。
すると、
「美術の成績が悪かったから、僕には才能がない」
「音楽の点数が低かったから、私は音楽が苦手」
という方程式が、いつの間にか自分の中にできてしまう。
でも、本当にそうでしょうか。
作品って、本来もっと自由なものです。
例えば歌でも、少し独特な歌い方が、その人の強烈な魅力になることがあります。
普通なら「癖」と言われるものが、あるジャンルでは「かっこいい」になる。
音程の揺れや、声のかすれや、しゃくり。
そういうものが、全部その人らしさになることもある。
だから僕は、
どこにその人の魅力があるかは、出してみないと分からない
と思っているんです。

才能を確認してから始めるんじゃない
多くの人は、
「才能があるならやってみよう」
と思っています。
でも僕は逆だと思うんです。
やってみるから、才能が見つかる。
歌ってみる。
曲を作ってみる。
人に聴いてもらう。
すると、
「その声、好きです」
「その歌詞、すごく分かる」
「なんか元気になりました」
という反応が返ってくる。
そこで初めて、
「あ、自分にはこういう魅力があったんだ」
と気づくことがある。
まだ一度も掘っていない鉱山を見て、
「ここにはダイヤモンドなんてありません」
と言っているようなものなんですよね。
掘ってみなきゃ、分からない。
子どもの歌こそ、本当の音楽かもしれない
先日、ある方が、
「子どもが小さい頃、好き勝手に歌っていた歌を動画で残している」
という話をしてくれました。
もちろん、音楽理論なんて知らない。
歌詞も適当。
メロディーも自由。
でも後からその動画を見ると、
「こんな歌を歌ってたんだ」
「可愛かったなあ」
って、家族みんなが笑顔になる。
僕はこれを聞いて、
これこそ音楽の力だ。
と思いました。
音楽業界で作られた完成度の高い作品だけが、音楽じゃない。
自分の中から自然に出てきたものが、誰かの心を動かす。
それも立派な音楽です。

本当の楽しさは、作ったその先にある
僕がみんなにやってみてほしいのは、
作って終わりではありません。
自分で曲を作る。
その曲を練習する。
自分の本当の声を探してみる。
そして、人前で歌う。
すると、思いがけないことが起きます。
誰かが泣いてくれたり。
「勇気をもらった」と言ってくれたり。
「明日もやってみようと思った」と言ってくれたり。
そういう反応を受け取ると、
「じゃあ、もう一曲作ってみようかな」
となる。
また作る。
また歌う。
また誰かに届く。
この循環が、音楽の本当の楽しさなんだと僕は思っています。
「モヤモヤ」は、作品の原石になる
それから、もう一つ。
もし、
「何を歌にしたらいいか分からない」
という人がいたら、
自分の中にある「モヤモヤ」を見てみてください。
怒りでもいい。
不安でもいい。
悲しさでもいい。
未来への心配でもいい。
人には言いにくい気持ちでもいい。
そういうものを心の中に置いたままにしておくと、ただの不安や怒りとして大きくなることがあります。
でも、それを歌詞にしてみる。
メロディーにしてみる。
声にして外へ出してみる。
すると、不思議なことが起きます。
誰かが、
「分かる」
と言ってくれる。
自分では醜いと思っていた感情が、誰かにとっての共感になる。
激しい怒りだって、音楽になればロックやメタルになる。
悲しみだって、歌になれば誰かの心を支えることがある。
モヤモヤは、作品になった瞬間に価値が変わる。
そこが音楽の面白さなんです。
評価される音楽から、自分を発見する音楽へ
僕はこれから、
「上手く歌える人のための音楽」
だけではなく、
自分を発見するための音楽
を、もっとたくさんの人に体験してほしいと思っています。
少しくらい変でもいい。
いびつでもいい。
声がかすれていてもいい。
誰かと違っていていい。
むしろ、その違いの中に、その人の魅力がある。
だから、
「才能がない」
「センスがない」
「私には無理」
と思っている人ほど、一度やってみてほしい。
才能があるから歌うんじゃない。
歌ってみるから、自分の才能に出会える。
もし、
「やってみたいけど、どこから始めたらいいか分からない」
という方がいたら、ダイヤモンドミュージックツアーの15分無料案内所から、気軽に声をかけてください。
あなたの中にあるものを、どんな入口から音楽にしていくと面白そうか。
一緒に探してみましょう。







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