「歌が上手いか下手か」が、どうでもよくなる瞬間
歌を聴くとき、僕たちはつい、
「音程が合っている」 「声がきれい」 「歌が上手い」
そんなふうに評価してしまいます。
もちろん、それも音楽の楽しみ方のひとつです。
僕自身、長い間ボイストレーニングをしてきたので、音程やリズム、発声、声の響きなどを聴けば、いろいろなことがわかります。
でも最近、「青春の一曲セッション」をやっていると、時々そんなことが全部どうでもよくなってしまう瞬間があるんです。
その人の人生と、歌が重なったときです。
「春の予感」と、20代前半の記憶
先日、「青春の一曲セッション」に来てくださった方と、尾崎亜美さんの「春の予感」を録音しました。
このセッションでは、スタジオに来てすぐ、
「はい、では歌ってください」
とはしません。
まず、その歌を聴いていた頃の話を聞きます。
どうして、その曲が好きだったのか。
どんな場所で聴いていたのか。
その頃、誰と一緒にいたのか。
何を考えていたのか。
その方にとって「春の予感」は、20代前半の頃によく聴いていた曲でした。
看護師になったばかりの頃。
大変だった看護学校を卒業して、ようやく新しい仕事が始まった。
職場では先輩たちにも可愛がってもらっていたそうです。
夜勤が終わるのは、深夜1時。
仕事を終えて車に乗り、家までの道を走る。
誰もいない車の中で、大きな口を開けて歌っていた。
春の匂い。
桜が咲く頃の夕暮れ。
これから始まる人生への期待。
そして、恋愛への憧れ。
そんな話を、僕はしばらく聞いていました。
同じ曲なのに、まったく違って聞こえる
不思議なんです。
そんな話を聞いたあとで、その人が「春の予感」を歌う。
すると、さっきまで知っていたはずの曲が、まったく違って聞こえてくるんです。
深夜1時の道路を走っている、20代前半のその人が見えてくる。
仕事を終えた解放感。
「これから私の人生はどうなっていくんだろう」という期待。
若い頃に感じていた恋への憧れ。
春の空気。
車の中で、大きな口を開けて歌っている姿。
そういうものが、歌の向こう側から少しずつ立ち上がってくる。
するともう、
「上手いか、下手か」
という物差しだけでは聴けなくなってしまうんです。
歌は、人生とくっついている
考えてみれば、僕たちは音楽を音だけで覚えているわけではありません。
この曲を聴くと、学生時代を思い出す。
この歌を聴くと、昔好きだった人を思い出す。
このイントロが流れると、家族で出かけた車の中を思い出す。
ある歌を聴くと、亡くなった人の顔が浮かぶ。
たった数分の曲なのに、その中に何年分もの記憶が入っていることがあります。
だから僕は、
歌は、音符だけでできているわけではない
と思っています。
メロディ。
歌詞。
声。
そこへ、その人が生きてきた時間が重なる。
そうしたとき、同じ曲でも、その人にしか歌えない歌になる。
有名な歌手が歌った「春の予感」と、今回その方が歌った「春の予感」は、同じ曲です。
でも僕には、もう別の音楽に聞こえました。
そこには、その人の人生が入っているからです。
「上手に歌う」が目的ではない
「青春の一曲セッション」という名前から、
「昔好きだった曲を、きれいに録音するサービス」
と思われるかもしれません。
もちろん録音もします。
歌いやすいキーを探したり、必要なら発声についてアドバイスしたり、できるだけ気持ちよく歌えるように僕も音楽家としてサポートします。
でも、僕が本当に残したいものは、それだけではない気がしています。
歌う前に、
「この曲には、どんな思い出がありますか?」
と聞く。
すると、曲の話から、いつの間にか人生の話になっていきます。
「あの頃、こんな仕事をしていました」
「こんな人が好きでした」
「こんなことを夢見ていました」
「そういえば、あの頃はこんな自分だったな」
話しているうちに、忘れていた自分が少しずつ戻ってくることがあります。
そして、その話をしたあとに歌う。
20歳の頃と同じ声ではありません。
若い頃には出た高い声が、今は出ないかもしれない。
声質だって変わっています。
でも、それでいいんです。
むしろ、
今の自分の声で、あの頃の歌をもう一度歌う。
そこに、このセッションの面白さがあると思っています。

声は、今まで生きてきた時間を含んでいる
若い頃の自分に戻るわけではありません。 今の自分が、昔の自分に会いに行く。
僕には、そんな感じがします。
昔の自分は、
「こんな人生になったんだね」
と驚くかもしれません。
今の自分は、
「そういえば、こんなことを考えていたな」
と思い出すかもしれない。
その二人が、一曲の歌の中で再会する。
だから、若い頃と同じように歌えなくてもいい。
むしろ今の声には、その後生きてきた何十年もの時間が入っています。
楽しかったこと。
失敗したこと。
仕事。
家族。
出会い。
別れ。
いろいろなものを通ってきた今の声です。
その声で、もう一度歌うから面白い。
僕は最近、そんなふうに思っています。
歌が上手いか下手か、どうでもよくなる瞬間
もちろん、歌が上手くなりたいなら練習すればいい。
僕もボイストレーナーですから、上達する楽しさもよく知っています。
でも音楽には、それとは別の楽しみがあります。
誰かに評価されるためではなく、
自分の人生の中にある歌を、自分自身でもう一度受け取り直す。
そんな音楽です。
先日の「春の予感」を聴きながら、僕は改めて思いました。
人生と歌が重なった瞬間、「上手いか下手か」という物差しは、とても小さなものになる。
その人が歌ったから、そこに意味がある。
その人の声だから、聞こえてくるものがある。
青春の一曲セッションで残したいのは、「上手に歌えた一曲」だけではありません。
その人と歌の間にあった時間。
その歌を聴いていた頃の自分。
そして、その歌を今もう一度歌ったことで生まれる、新しい物語。
そんなものまで含めて、一曲として持ち帰ってもらえたらと思っています。
あなたにも、そんな一曲はありませんか?
学生時代に何度も聴いた歌。
仕事帰りの車で歌った歌。
恋をしていた頃の歌。
家族との記憶が残っている歌。
誰かを思い出す歌。
長い間、忘れていた歌。
もし一曲浮かんだら、少しだけ聴いてみてください。
そしてできれば、声に出して歌ってみてください。
上手に歌わなくて大丈夫です。
その歌の中から、昔のあなたが顔を出すかもしれません。
そして、
「今の自分も、悪くないな」
と思えるかもしれません。
僕は、そんな瞬間を一緒に見つけていきたいと思っています。
青春の一曲セッション
人生の中にある大切な一曲の記憶をたどり、今の自分の声で歌い直して、一曲の音楽として持ち帰るための、一人だけの音楽の旅です。
▶ 青春の一曲セッションの詳細・ご予約はこちら
https://www.diamondmusictour.com/ayouthfulsongsession









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