「歌が上手いか下手か」が、どうでもよくなる瞬間
- 尾飛良幸DMT

- 3 日前
- 読了時間: 4分
歌を聴くとき、僕たちはつい、
「音程が合っている」「声がきれい」「歌が上手い」
そんなふうに評価してしまいます。
もちろん、それも音楽の楽しみ方のひとつです。
でも最近、僕は「青春の一曲セッション」をやりながら、何度も思うことがあります。
歌が上手いか下手かなんて、どうでもよくなってしまう瞬間がある。
その人の人生と歌が重なったときです。
「春の予感」と、20歳の頃の自分
先日、「青春の一曲セッション」に来てくださった方と、尾崎亜美さんの「春の予感」を録音しました。
このセッションは、いきなり歌ったりしないんですね。
まず僕は、
「この歌を聴いていた頃って、どんな時代だったんですか?」
そんなことをお伺いしたりするんです。 すると、少しずつ記憶の扉が開いていったりします。 20代前半。
大変だった学校を卒業して、社会人として働き始めたばかりの頃。
新しい職場では先輩たちにかわいがってもらった。
夜勤が終わるのは深夜1時。
仕事を終えて車に乗り、大きな口を開けて、大好きな歌を歌いながら帰った。
春の匂い。
桜が咲く頃の夕暮れ。
これから始まる人生への期待。
そして、恋愛への憧れ。
そんな話を聞かせてもらいました。

物語を知ってから歌を聴くと、まったく違って聴こえる
そして、そのあとで「春の予感」を歌ってもらったんです。
すると、不思議なんですよね。
僕は音楽家ですから、本来なら音程やリズム、発声など、いろいろなものが耳に入ってきます。
でも、そんなことがだんだんどうでもよくなってくる。
歌声の向こう側に、
20歳の頃のその人が見えてくるからです。
夜勤を終えて車を走らせている姿。
車の中で大きな口を開けて歌っている姿。
これから自分の人生に何が起きるんだろうと、少しワクワクしていた若い自分。
そして何十年という時間を歩いてきた「今の自分」が、その頃に大好きだった歌を、もう一度歌っている。
そう思って聴いていると、
これはもう単なる「歌唱」ではないんですよね。
歌は、人生と一緒になったとき「その人の歌」になる
同じ曲を、何千人、何万人という人が歌います。
でも、その人がどんな人生を歩いてきたのかを知ってから聴くと、同じ歌なのにまったく違って聴こえる。
僕はそこが、音楽のものすごく面白いところだと思っています。
歌って、音符だけじゃないんです。
メロディーだけでもない。
その歌を聴いていた場所。
一緒にいた人。
当時好きだった人。
うまくいかなかったこと。
嬉しかったこと。
匂い。
季節。
景色。
そして、そこから今日まで生きてきた時間。
そういうものが全部重なったとき、
誰かが作った歌が、その人だけの歌になる。
だから、上手いとか下手とかいう物差しでは測れなくなってしまうんです。

「青春の一曲セッション」で残したいもの
僕が「青春の一曲セッション」で残したいのは、上手な歌の記録ではないんだと思います。
その人と、その歌との間にある物語を残したい。
「あの頃、こんなことを考えていたな」
「あの人と一緒に聴いたな」
「あの道を走りながら、いつも歌っていたな」
そんな記憶を話してもらって、そして今の自分の声でもう一度歌ってみる。
すると、過去を懐かしむだけではなく、
あの頃の自分と、今の自分が、音楽の中で一緒になる。
そんな瞬間があるんです。
これは、カラオケで好きな歌を歌うのとも、ライブで人前に立つのとも、少し違う音楽体験だと思っています。
あなたの「青春の一曲」は何ですか?
あなたにも、きっとあると思います。
イントロが流れた瞬間に、景色が戻ってくる歌。
もう何十年も聴いていなかったのに、歌詞を覚えている歌。
誰かの顔を思い出す歌。
胸の奥が、ほんの少しだけ動く歌。
その歌を、今のあなたが歌ったら、どんな歌になるでしょう。
若かった頃とは、声も違うかもしれません。
昔のように高い音が出ないかもしれない。
それでいいんです。
だって、あれから生きてきた時間も、全部その声の中にあるのだから。
歌が上手いか下手かなんて、どうでもよくなる瞬間がある。
その人の人生が、歌の中から聴こえてきたときです。
僕はこれからも、そんな歌をたくさん聴いてみたい。
そして、一人ひとりの「歌と人生の物語」を、声と一緒に残していきたいと思っています。
あなたの青春の一曲は、何ですか? 「青春の一曲セッション」の詳細はこちらです。 https://www.diamondmusictour.com/ayouthfulsongsession






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