体が、まだ追いついていないだけかもしれない
- 尾飛良幸DMT

- 3 日前
- 読了時間: 4分
最近、自分の中で何かが静かに切り替わった感覚があります。
考え方が変わった、というよりも、もっと手前の、感覚の層が変わった感じです。
立っている場所が、少し前とは違う。
同じ景色を見ているはずなのに、受け取る情報の温度や重さが違う。
前に進んでいるような気もするし、ステージが変わったような、世界線が横にスライドしたような感じもある。
スマホが夜中に勝手にアップデートされて、朝、同じ画面を開いたはずなのに、なぜか使い心地が違う。
そんな感覚に近いかもしれません。
確かに新しくなっている。
でも、体がまだそれに馴染んでいない。
頭は前を向いているのに、体や日常が、ひと呼吸遅れているような違和感。
最近、そんな感覚を抱えている人も少なくないのではないでしょうか。
深夜2時半、思考が止まる音の中で
ついさっきまで、動物たちのためのヒーリングBGMを作っていました。
153Hz。
思考がすっと止まり、頭の中が白くなるような周波数。
ぼーっとして、時間の輪郭が溶けて、気づけば夜中の2時半。
何を書いているのかわからなくなる感覚も含めて、今日はこのまま言葉を置いてみようと思いました。

同時進行しているようで、実はひとつずつ
今の私の生活には、大きく分けて四つの流れがあります。
ひとつは、私自身と、妻・藤野櫻子のアーティスト活動。歌うこと、作ること。
櫻子は歌い続け、私は音を組み立てる側に回っています。
ふたつ目は、サウンドデザインに関わる準備。企業や店舗の「音の空気」を整えるための時間です。
みっつ目は、マンツーマンで人と向き合う時間。声を通して、その人自身の元の位置に触れていく対話。
そして四つ目が、「音楽ライフアーティスト」という生き方を、誰かと一緒に楽しむ流れ。
こう書くと、とてもマルチタスクに見えるかもしれません。
でも実際は、同時に抱えているのではなく、ひとつずつ、切り替えが早いだけです。
少しやって、「あ、ここまでだな」と感じたら終わる。そして次へ移る。
そのリズムが速いだけで、中では一つずつしかやっていません。
SNSは、今の私の内側そのもの
最近のSNSの投稿を見て、「雰囲気が変わった」と感じた人がいたら、それはたぶん、その通りです。
あれは、今の私の内側を、そのまま外に出したもの。
以前は、どう書くか、どう整えるかを考えていました。
今は、浮かんだら、そのまま置く。
だから、読んでいる人は、私の思考の途中を覗いているような感覚かもしれません。
自分の曲だけが、進まない理由
その中で、どうしても引っかかっていることがあります。
自分の曲が、進まない。
依頼を受けた楽曲は、自然に、楽しく進みます。
でも、自分の曲だけが音にならない。
理由は、はっきりしています。
自転車の上で、台本が外れた日
去年の10月、自分の価値観が、はっきり変わりました。
打ち合わせの帰り、ピンクの髪で自転車に乗っていました。笑
音楽のこと、仕事のこと、これからのこと。
不安がなかったわけではありません。
自転車に乗りながら、ふと、思ったのです。
「これは、自分で書いた台本の中で、自分が苦しんでいるだけかもしれない」
その瞬間、急に可笑しくなりました。
自転車に乗りながら、声を出して笑っていました。
あの日から、同じ景色が、違って見えるようになりました。

新しい台本と、追いつかない体
私だけが、台本を差し替えた。周りも、体も、まだ前のまま。
だから違和感がある。
発信も、作曲も、今までのやり方が合わなくなった。
今は、総入れ替えの途中です。
新しい家に、段ボールが積まれている感じ
今の状態は、引っ越したばかりの家のようです。
段ボールが積まれ、どこに何を置くか、まだ決まっていない。
外から見ると不安定でも、内側は、不思議と楽しい。
ただ、まだ落ち着かない。
だから、自分の曲が作れない。
争わない、生き延びてきた人の歌
少しずつ見えてきたテーマがあります。
争わないこと。戦わないこと。
そして、ここまで生き延びてきた人たちの歌。
成功や達成だけではなく、「よくやってきたね」と肩の力が抜けるような音楽。
まだ音にはなっていません。だから今は、待っています。
同じ感覚の人へ
最近、同じような感覚を口にする人が増えました。
何かが変わった。でも、言葉にならない。
今日は、「その感じ、あるよね」という気配を、ここに置きたかっただけです。
本当の意味で、新しい始まりに向けて
節分を越え、新しい年が静かに動き出す頃。
私も、焦らず、楽しみながら進んでいきます。
一曲、生まれたら、また景色が変わる気がしています。
それぞれの場所で、それぞれの音楽ライフを。 **
僕は、こういう話をメルマガで書いています。
もし、気が合う人がいれば。






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